◇高田富士塚巡り ― 2019年07月23日
2019年7月15日(月)曇り
2019年3月24日に、新宿及び早稲田界隈の、五つの
富士塚と史跡を回ったが、その時訪れた高田富士は、周囲
が柵と建物に完全に囲まれていて、まったく近寄れなかった。
高田富士は、富士塚の中でも江戸市中で最古、最大のもので、
歌川広重も描いた名所だったと言われている。
(なお、「安藤広重」という呼称は、実際には本人が使用した
形跡がなく、「歌川広重」が正しい呼び名とのこと。)
年に一度だけ、海の日とその前日にのみ登拝が許さるとの
ことだったので、海の日の本日、再訪した。
都道25号線(飯田橋石神井新座線)沿いの階段には、提灯
が飾ってあって、すぐに入口が分かった。

以下、順に写真を示す。
なお、写真にときおり映っている人たちは、たまたま
その撮影した場所に居た人たち。
(特に撮影許可はもらっていません。あしからず。)

途中にある案内板が、ベニヤ板に手書きで書かれたもの、
というのが、手作り感満載で、高田富士をあまりメジャー
な観光スポットにはしたくない、という気持ちからのもの
だろうと、勝手に(好意的に)解釈しておくことにした。




手すりも仮設のようにしか見えない木製。











入口にあった手書きの説明板


入口付近には屋台も出ていたが、天気があまりよくない
こともあって、ほとんど人がいなくて閑散としていた。

とりあえず、実際にきちんと高田富士に登れてよかった。
本当は、もう少し遠方から、浮世絵のような全景を見て
みたかったが、それは現状ではやむを得ないと思う。
ただ、なんで普段はあそこまで隠して見せないのかなあ、
という事は、やはり気にしざるを得ない。
以上、
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://slowly-walker.asablo.jp/blog/2019/07/23/9132598/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。